不動産保有業(大家)というと、「毎月家賃が入ってきて安定収入」というイメージを持たれがちです。
確かに、うまく回っているときはそうです。
しかし、実際には家賃滞納・設備トラブル・退去時の揉め事・保証会社との調整など、地味に神経を使う場面が多い。
そして、その中でも特に厄介なのが、店子の死亡と相続人対応です。
今回は、実際に私が経験した、なかなかしんどかった一件を書いてみます。
ある日、保証会社から「家賃の引き落としができない」と連絡が来た
ある日、保証会社から連絡がありました。
店子の家賃が引き落とせず、支払いが遅延している
しかも本人に連絡しても一切つながらない
とのこと。
最初は「口座残高不足かな」「単に連絡がつかないだけかな」くらいに思っていました。
ただ、保証会社が何度連絡しても反応がないというのは、やはり少し不穏です。
そうこうして数週間が経ったある日、突然、店子の名字を名乗る人物から電話がかかってきました。
突然現れた“親族代表”からの電話
電話の主は、仮に横田とします。
その人物いわく、
- 店子本人は病死した
- 店子には元嫁Aと元嫁Bがいる
- それぞれの間に子どもがいる
- 元嫁Bは相続放棄の意向
- 元嫁A側が相続関係の窓口になる見込み
- ただし元嫁Aは、ショックや心労で電話対応できる状態ではない
とのことでした。
……で、肝心のこの電話の主は誰かというと、
元嫁Aの兄を名乗る人物でした。
ここでまず思ったのが、
「いや、あなた誰やねん」
ということです。
元嫁Aの兄ということは、少なくとも賃貸借契約の当事者ではありません。
連帯保証人でもなければ、法定相続人そのものでもない。
少なくとも、その時点でこちらから見て法的なステークホルダーであることは確認できない立場です。
にもかかわらず、本人の死亡連絡から今後の窓口まで、全面的に仕切ろうとしてくる。
正直なところ、この時点でかなり嫌な予感がしました。
事情は気の毒。でも、契約実務は別の話
もちろん、店子が亡くなったこと自体は気の毒な話です。
遺族側も突然のことで大変だったのだろうと思います。
ただ、不動産賃貸の実務としては、感情とは別に確認しなければならないことがあります。
例えば、
- 誰が正式な相続人なのか
- 誰が賃貸借契約上の地位を引き継ぐのか
- 室内残置物を誰が処分するのか
- 未払賃料や原状回復費を誰が負担するのか
- 明渡しの意思表示を誰がするのか
このあたりは、「親族っぽい人が電話してきたから、その人と話せばOK」では済みません。
こちらからすると、必要なのは
“事情通の親族”ではなく、“法的に責任を負う当事者”です。
ところが今回のケースでは、そのあたりがとにかく曖昧でした。
「窓口になります」と言うなら、せめて立場を明確にしてほしい
正直に言うと、今回一番しんどかったのはここです。
電話の主は、かなり前面に出てきます。
あれこれ要望も伝えてきます。
話の窓口にもなりたがります。
でも、じゃああなたは誰で、どの権限で話しているのかが最後まではっきりしない。
こちらとしては、心の中でこう思っていました。
そんなに窓口になりたいなら、
ちゃんとフルネームと立場を明かして、
必要なら委任状なり、相続人との関係が分かる資料なり、
あるいは費用負担について一定の責任を負う書面なりを出してから出てきてくれませんか。
もちろん、実際にこんな言い方はしません。
でも、本音としてはかなり近いものがありました。
賃貸人側からすれば、「誰が何を決められる人なのか」が曖昧なまま話が進むことほど面倒なことはありません。
後から「その人にそんな権限はありません」「私は聞いていません」と言われたら、全部振り出しに戻るからです。
退去立会でも揉める。「日割りにしろ」と言うが、あなたは誰なのか
さらにややこしかったのが退去時です。
退去立会の場でも、その親族が前面に出てきて、書類へのサインを拒否しつつ、
「日割りにしろ」と主張してきました。
これも、気持ちは分からなくはありません。
死亡による退去である以上、遺族側としては少しでも負担を減らしたいのでしょう。
ただ、こちらからすると問題はそこだけではありません。
- あなたは契約当事者ではない
- 相続人本人でもない
- 法的な代理権が確認できているわけでもない
- それなのに、条件交渉だけは前に出てくる
という状態です。
正直、喉元まで出かかった言葉はありました。
不動産賃貸契約を結んだら、
店子の親・兄弟・親族全員にまで頭を下げて回らないといけないのか?
もちろん、そんなことを言っても何も解決しません。
そこはぐっと堪え、ひたすら事実関係と必要書類を整理して進めるしかありませんでした。
店子死亡時に大家側が痛感すること
今回の件で改めて思ったのは、店子死亡案件は「感情」と「法律」と「実務」が全部ごちゃ混ぜになるということです。
遺族側には遺族側の事情があります。
突然の死で混乱している、誰が相続人なのか整理できていない、感情的にも落ち着いていない。
それは理解できます。
一方で、大家側・貸主側には、
- 空室の損失をできるだけ抑えたい
- 未払賃料の回収可否を判断したい
- 残置物や明渡しを進めたい
- 次の募集に向けて部屋を早く整えたい
という現実的な事情があります。
つまり、気持ちに寄り添うだけでは前に進まず、かといって実務だけを押し付けても話がこじれる。
このバランスが本当に難しい。
今回の件で学んだこと
今回の件で、個人的に学びになったのは次の点です。
1. 「誰が相続人なのか」「誰が話せる人なのか」を最優先で確認する
親族っぽい人が前に出てきても、まず確認すべきはそこです。
戸籍・相続関係・委任の有無が曖昧なまま話を進めると、後で必ず揉めます。
2. 口頭のやり取りだけで進めない
死亡・相続・退去・残置物処分が絡む案件は、後で言った言わないになりやすい。
できるだけメール・書面・SMSなど記録が残る形で進めた方が安全です。
3. 「気の毒」と「契約上の責任」は分けて考える
亡くなった事情には同情すべき部分があります。
ただ、それと賃料債務や明渡し義務の処理は別問題です。
ここを曖昧にすると、貸主側だけが損をかぶることになります。
4. 保証会社がいても、相続案件の面倒さは消えない
保証会社は非常に助かります。
ただ、店子死亡や相続人対応まで含めて、すべてを綺麗に片付けてくれるわけではありません。
結局、最後は貸主自身もかなり動くことになります。
まとめ:不動産保有業は、家賃を受け取るだけの仕事ではない
不動産保有業(大家)は、表面だけ見ると「毎月家賃が入る商売」に見えるかもしれません。
でも実際には、こうしたイレギュラー対応を引き受ける仕事でもあります。
家賃滞納、設備故障、夜逃げ、近隣トラブル、そして今回のような死亡・相続対応。
どれも頻繁に起きるわけではないものの、ひとたび起きるとかなりの時間と神経を持っていかれます。
今回の件では、店子本人が亡くなったこと自体は本当に気の毒でした。
ただ、その後の相続人周りの対応は、正直かなり骨が折れました。
結局のところ、不動産保有業で大事なのは、
物件選びや利回り計算だけではなく、面倒な事態が起きたときに、感情を切り離して粛々と処理できるかなのだと思います。
不動産は「持って終わり」ではありません。
むしろ持ってからの方が、細かい実務と人間対応の連続です。
今回の一件で、改めてそう実感しました。
不動産保有業は、やはり楽な商売ではありません。

