今から振り返ると、私がITエンジニアを目指したきっかけは大学時代にあった。
当時、必須科目ではなかったがHTMLの講義を受講した。
それまでコンピュータは単なる道具という認識だったが、自分でウェブサイトを作れることに強い興味を持った。
講義をきっかけに独学でプログラミングを勉強し始めた。
当時のウェブはPerlが全盛期だった。
書籍も読んだが、実際には有名サイトのソースコードを見ながら学ぶことが多かった。特にKent WebのPerlプログラムは非常に参考になり、ソースを読みながら試行錯誤していたことを今でも覚えている。
大学生が作った出会い系サイト
ある程度プログラムが書けるようになった頃、DTIとCsideNetのサーバーを契約し、自分でウェブサイトを立ち上げてみた。
作ったのは出会い系サイトだった。
今ではSNSやマッチングアプリが当たり前だが、当時はインターネット黎明期であり、
「ネットで知らない人と出会える」
というだけで大きなインパクトがあった時代だった。
最初は趣味の延長だったが、ある時からアクセス数が急激に増え始めた。
理由はよく分からないが、当時有力だった検索サイトのエキサイトで上位表示されたことが大きかったと思う。
初めての広告収入
アクセス数が増えると広告の話が来るようになった。
当時の結婚相談所であるノッツェやツヴァイの広告を掲載し、サイト経由で入会が発生すると成果報酬が支払われる仕組みだった。
確か一件の入会につき25,000円程度だったと記憶している。
当時の結婚相談所は入会金だけでも数十万円するようなビジネスモデルだった。
結果として、学生でありながら月20万円前後の広告収入を得られるようになった。
今で言うアフィリエイトだが、当時はまだそうした言葉も一般的ではなかった時代である。
本にも掲載された
その後、私のサイトは有名サイトを紹介する書籍にも掲載された。
ショッピングモール部門には楽天やカカクコムなど、今でも有名な企業が並んでいた。
そんな中、出会い系サイト部門で大学生の私が作ったサイトが紹介されていた。
当時は深く考えていなかったが、今振り返ると貴重な経験だったと思う。
超就職氷河期の中で
大学時代は廣済堂出版でアルバイトもしていた。
採用後に社員の方から、
「約60人の応募者の中から4人だけ採用された」
と聞かされた。
今思えばアルバイトとはいえ、かなり競争率が高かった。
その頃には広告収入もあり、親の扶養から外れることになった。
超就職氷河期世代としては、かなり運が良かった方だと思う。
ITエンジニアへの道
ウェブサイトを作り、プログラムを書き、多くの人に利用してもらう。
そして、それによってお金を稼ぐ経験までできた。
この一連の体験が、私にとってITの面白さを強く実感するきっかけとなった。
そして自然な流れで、私はITエンジニアという仕事を目指すことになった。
今では25年間のエンジニア生活を終えたが、その原点は間違いなく大学時代に作った一つのウェブサイトだったと思う。

